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【 VOL.25】 これでいいのさ。  
     
 
 

あっち
 
これでいいのさ。

久しぶりに霧雨の中のドライブとなった。

9月から始まる富士宮市の画廊でのグループ展の為、富士山の側面に沿って朝霧高原を抜け静岡側へ行くというドライブだ。
朝霧高原はその名の示すとおり深い霧のよく出る場所で、時には1m先さえもはっきり見えない恐怖のドライブとなる。

父が胸の痛みを訴えて突然倒れたその死の前後、新幹線の新富士駅と河口湖を不安な気持ち抱えて何度もこの道を往復した。
そのせいかこの道を走ると、特に灰色のどんよりとした日には、皮膚に一枚薄い膜が触れてるような、ざわついた感触が体を取り巻くのだ。

すっぽりと雲の中に入り込んだドライブは音すら霧に飲み込まれてしまう。
キュウゥッタッ、キュウゥッタッという間歇ワイパーの音がやけにうるさく感じられ、それが自分の心臓の鼓動と重なるようで、胸を締め付けるような不吉な気分は増々高まっていく。
遠景を隠す霧雨の道中はどこまで行っても同じ風景の繰り返しで、時おり抜け出るひらけた場所さえ、もしやさっきと同じ所で、いつの間にか狐に化かされ異次元の世界を延々走らされているような気分になるのだ。
しかし、もしそうだとしても、このまま走り続けてもいいのではないか。

エッセイを始めて、ちょうど1年。
日本も世界も、未来の歴史年表で最大の太字で記される様な大災害、大変革の起きた1年間だった。
しかし私自身は対外的な活動はほとんどなく、独り言を繰り返すような日々だった。
妄想ばかりを操って狭い範囲をアッチコッチ行き来している内に、自分はあの『指輪物語』に出てくる奇形の怪物のように、発する言葉もこの姿も徐々に形を変え、今に樹海を彷徨う山姥か、河口湖の湖底に住む大山椒魚にでもなってしまいそうな、そんな気がしてくるのだ。
しかし、もし本当にそうなったとしても、それもいいのではないか。

ひらけた場所に出ると、近くの山々に雲が引っかかってるのが見えた。
木々に絡まった雲が綿菓子をひきちぎるように灰色の空へ空へと流れ出ようとしている。
深緑であるはずの山肌なのに、この心を通した景色は墨色一色だ。
湧き出ては空へと引っ張られてゆく雲を見ていると涙がこぼれてしまった。

何が幸せなのか、よく分からない。
だけど、これでいいのかなと、そんな繰り返しの1年だった。
そんな繰り返しの中の一日だった。

2011.9.15
追分 めぐみ
 
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