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【 VOL.31】 これもまた「青春期」  
     
 
 

仲良し
 
これもまた「青春期」

10月24日、北杜夫さんが亡くなった。  胸がギュッと痛くなった。

小学生時代、本をほとんど読む事なく過ごした私が中学生になってそれ程ではないにしても本を読むようになったきっかけは北杜夫の「どくとるマンボウ航海記」だった。
この本があまりにおもしろくて追っかけるようにその他のマンボウシリーズを次々に読んだ。
そんなわけで初めて読んだ『純文学』も「楡家の人びと」だったと思う。
分厚い本を読みきれた事が得意で、この本はいきなり私の宝物となった。

ところが、当時の本の装丁に使われてる糊に問題があったのか、それともたんに我が家の住環境がひどかっただけなのか。

私達兄弟の子供部屋は名前だけは優雅に「はなれ」と呼んでいたが、実際は狭い敷地に建つ小さな社宅の、台所の勝手口とくっつけるように隣の社宅の庭にまで割り込んで無理矢理建てられた「ほったて小屋」だった。
夜には別の部屋で寝る私達がいなくなると、そこはゴキブリ達の食堂兼、運動場になっていたのに違いない。
ある日気がつくと本棚の本の背表紙が何冊もガリガリにかじられていた。
「楡家の人びと」は特にひどかった。 惨めだった。
どうにかしてもう一度「宝物」としてこの本を持ちたかった私は、友人2人に同じ本を誕生日にプレゼントしてくれるように頼んだ。
蔵書にサインをする習慣はないが、この本にだけは最後の余白に「1971年3月、◯◯と△△からもらう」と、精一杯丁寧な字で書いてある。
こうして、より宝物となったこの本はその後の本棚の大整理や引っ越しにも処分されてしまうこと無く、今もこの家の新しい本棚に無事にある。

たとえ涙を流すほど感動した本でも、そのストーリーをすぐに忘れてしまうという特異で便利な頭を持っている私はこれまで何回かこの本を読み返し、そのたびにまっさらに感動した。
そして、その能力ゆえに北杜夫の亡くなった知らせを聞いて最初に思い浮かんだのは「楡家の人びと」その内容ではなく、ゴキブリに無惨にかじられた1代目のその本の姿、雨漏りの跡もそこここにあるベニヤ板の壁、その壁のそれぞれ違う方向に向かって置かれた兄弟3人の机と本棚、それでいっぱいいっぱいの「はなれ」の空間と空気。
そこで、ただボーッと机に向かって時間が流れてゆくのを待っている、おそろしく頭が悪く輝きのない屈折した10代の自分の姿なのだ。

 胸がギュッと痛くなる。

2011.12.15
追分 めぐみ
 
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